不定期に「初心者の主張」を綴ります(゚Д゚;)
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綺麗・優雅・可愛い…
金魚のイメージってこんなところですかね。
近年だと「癒し」がキーワードになってるかも。
それは海外でもそうなんですね。
ネットで調べ物をしてて、たまたま見つけたのですが。
『運動靴と赤い金魚』(1997年、イラン)って映画には、
傷ついた少年の足を、金魚が舐めて癒してくれる
というシーンがあるそうです。
こちらのブログに写真がありました~
http://claranomor.exblog.jp/8728839/
ドクターフィッシュ顔負けですね~。
同じコイ科の魚ですけど(゚Д゚;)
この映画はぜひ見たいですね。
で、ふと思ったんですが、
日本の映画での金魚の扱いって…
ちょっとネガティブじゃないですか?
優雅・可愛いというイメージを利用しつつ、
「幽閉された惨めな魚」「泳ぎの下手な魚」という
隠喩として利用されてるケースがけっこうある気がします。
思いつくままに挙げると…
『大奥』(2006年、東映)
『さくらん』(2007年、アスミック・エース)
『海の金魚』(2010年、ティ・ジョイ)
私は最近、あまり映画を見てないので、
偉そうに批評する立場にないことは、
あらかじめお断りしておきます。
ピントが外れててもご容赦を。
あ、『バタアシ金魚』(1990年、シネセゾン)の
「金魚」も泳ぎが下手って意味でしたっけ?
(記憶が曖昧なので間違ってたらすいません)
(というか原作漫画を挙げるべきですね…)
『大奥』では、不自由な立場の主人公を
金魚柄の和服で表現してます。
『さくらん』では、何度もスクリーンに登場する金魚が、
幽閉された花魁の隠喩として扱われてるように見える。
『海の金魚』は見てませんが、
映画の公式サイトを見ると、
ちょっと噴飯ものの説明文が…(笑)
> (前略)不安と苦悩に押しつぶされそうな
> 彼らの思春期の姿。
> それはまるで大海原で自由に泳ぐことを
> 夢見る金魚鉢の中の金魚だ。
金魚、大海原を夢見ないですよ(゚Д゚;)
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金魚は「不自由」で可哀想…
本来は広いところでのびのび泳ぎたいのに、
人間が狭いところに押し込んで、
惨めな思いをさせている――ってのが、
イメージとしてあるんでしょうか…
そもそも金魚は人間が改良に改良を重ねて
今に至っている魚種。
比較的汚れにも強いし、生息温度も広い。
性格も原種のフナより温厚だと聞きます。
金魚、自然界には居ないし、
居てはいけない魚ですよね?
放流しないよう懸命に呼びかけてる
団体もあるぐらいで。
生態系を壊しますからね。
そりゃ、広いところで飼えるなら、
それに越したことはないでしょう。
金魚鉢よりは水槽、それよりは池で…
でも、金魚を「自由」にしちゃ
いけないんじゃないかと(゚Д゚;)
「ある程度の不自由」に適合できるように、
人間が手を加え続けてきた金魚を、
「不自由だから哀しい」って
捉え続けられるのはちょっと寂しいですね。
確かに金魚には「哀しみ」や「狂気」が
つきまとう側面もありますが、
「狭いから可哀想」では、
少々ステロタイプで浅いイメージって気が(゚Д゚;)
でも、金魚がメディアに出ること自体は、
歓迎すべきですねヽ(´ー`)ノ
これとは逆に、金魚の扱いが、
幼児性の象徴みたいな、明るくてバカっぽいって
イメージばかりでも困りますしね…(笑)